「闘病中のキミへ」は主宰の闘病体験の
備忘録です。
当時の状態を振り返ると共に
当時の自分自身へ
現在カウンセラーとなった主宰が
かけるであろうことばを記載しています。

同じ様な心や身体の状態にある方々の
多少の助けになれば幸いです。

前回:闘病中のキミへ!vol.23-1人の存在価値とは①

 

きれいごとは嫌いなので

 

当たり前にできていたことが
突然出来なくなって
私は自分の事を・・・
“無能な人=価値がない人”
と感じてしまった

あの頃に
「キミの存在にこそ価値がある」
「生きているだけでいいんだよ」
なんて、声をかけて貰ったとしても
何の慰めにもならない
むしろ惨めな気持ちになったと思う

きっと、事故や病、老化などで同じ様な体験を
している人がたくさんいるだろう

では、その人達、み~んなが
存在価値のない人という事に
なってしまうのか?

いやいや、そんな事はない!

では、み~んな、赤ちゃんの様に
何も出来なくても
“いてくれるだけでありがたい存在”だと?

いいや、それは・・・
私が嫌いな “きれいごと


この問いにこたえを見つけるのは難しい

だから、ここからはあくまでも
「現在の私の想い」だ

 

自分を信じようとするこころ

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「今」・・・

どんなに高齢でも
『もう年だから』と思わず

病で余命いくばくもないと宣告されても
『どうせもう長くない』と諦めず

事故で身体に障害が残っても
『こんな身体だから』と悲観せず

メンタル不全になっても
『私は弱いから』と卑下せず

大切な人を失っても
『生きる意味がなくなった』と悲嘆せず

もう、死にたいと思っても
『生きていても仕方ない』と希望を捨てず

「明日」へ・・・
顔を向け、踏ん張り
あきらめず、力をつけ
自分を信じようとするこころさえあれば

「人は前進する」
例え、本人が気付かないくらい微量でも
前進するものだ

逆に・・・
自信を失い、あきらめた瞬間から

「人は停滞する」
「人は堕ちる」

 

 それがエネルギーの源

 

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前進する姿にこそ魅力があり
その魅力が共感を生み
共感はエネルギーを生む

そのエネルギーの源となる事に
人の《存在価値》があるのだと私は思う

そして、明日を生きようと
自分の力を信じようとする人は
皆、誰かのエネルギーの源に必ずなっている
例え本人が気付いていなくても・・・
誰かにとって価値のある存在となっているのだ

to be continued…

 

追伸: 

もしアナタが自分に存在価値がないと
以前の私の様に感じているとしたら
今一度、自分を信じてみようとして欲しい

明日を生きようと、前進しようとする
自分のこころを見つめてあげて欲しい

アナタの存在価値を決めるのは
それからでも遅くはない