色の力、感じる力を取り戻せ!③「見えてる」油断2の続きです。

 

色花2つめ!
見えてる」ってことで、
全部知った気になってるから。
なんておろかな・・・私達^^;

人間は87%位を視覚からの情報に
頼っているとされているんですね。
(ほんとに~?だけど、ホントらしい)
そう、だから見えるからそれ以上を
感じたりしなくても安心できちゃう。

同時に「見えない」部分を感じるって
結構労力がいるようになっちゃってる。

例えば、人の「こころ」なんて最たるとこね。

子育て中のママによくある
「うちの子に限って」という思いは
ここから来る「思い上がり」。
この心理の裏には
「私はいつもいつもこの子を見ている。
だから、私が一番この子のことを
解っているんだ!」
という勘違いの塊があるんですね。

もちろん、見ていなくては解りようはない。
だから、金だけ稼いで来て育児をしない
親には、はなっから解りようはないので、
そこは、相手にしない。

ただ「見ている=解っている」というのは
勘違い。

「見える」部分の裏側の「こころ」を
感じられてこそ「解る」と言えるのだと
思うなぁ・・・。

「うちの子」がお友達を殴った現場を「見た」ら
当然、親としては叱りますよね。
(殴られた側の親への建前もありますし・・・)
でも、重要なのは、何故殴ったのか。
それは、その経緯やいきさつなんかじゃなくて、
その行動の裏にどんな「こころの状態」が
あったのか。

「くやしい」思いだったのか・・・
「悲しい」思いだったのか・・・

目に見える行動の元となる「こころ」「感情」に
違いがあるのなら、それに対する「理解」もまた
違いがあって当然・・・だと思うのです。

の話からめっちゃ「こころ」の話に
なっちゃいましたが^^;
要するに、目を向ける先を
見える」モノだけに向けないで
見えない」モノにも向けようよって話です。
そうすれば、「感じる」という事が
少しずつできる様になるかな~って・・・。

試しに、赤色の服を着た時と青色の服を着た時の
気分の違いなんかを感じてみるのはいかがでしょう?

see ya,