忍び寄る病


2009年夏、男児出産。
昔だったら「高」マークが
母子手帳に確実に押されている年齢だが

これも少子化への懸念か
はたまたハラスメント時代の影響なのか

そのマークは見当たらなくて
・・・ちょっと残念(笑)

その年の後半はそれまでにない
幸福感に満ちていた

いやぁ~幸せって
こういう事を言うんだなぁって
夢心地だった

だから、秋頃から段々と
腕に力が入らなくなったり

階段を昇ることが
きつくなっていたことも
余り気にとめていなかった

「そりゃ、疲れも出るさ、寝てないもん」
くらいにしか思わなかった

食べ物をのみ込むのに時間が
かかるようになってきた時も

元々、食べるのが遅いのが
少し助長しただけ~くらいに思ってた

そんなある日
息子を抱き上げようとしても力が入らない

腕が自分のモノでない感覚に襲われた
何かおかしい・・・

でも、幸福感が勝っていて
「悪いこと」など思いもつかなかった

そこいらの風邪だったら
そのメンタルが勝って
知らないうちに治っていたと思う

 

「奇病じゃないか?」

耳をふさぐ女性

そんな様子を間近で見ていた夫が
「奇病じゃないか?」と言った

周囲から見たら言葉通り
「奇妙」だったのだろう。

悪いことが
思いつかなかったというのは嘘

心のどこかで
もしかしたら・・・と感じていたからだろう

その「ことば」はショックだった

だから、結婚してから口論では
圧倒的優位に立ち続けてきたのに
言い返せなかった

そして、その「ことば」はどんどん頭の中
胸の中、心の中、身体中に充満していった

言い返せなかった分
内側にこもって増殖してしまった感じだった

不安をあおるような事を言った夫を
心の中で恨めしく思った

「人の事、奇人変人みたいに!」と
かなり飛躍気味に腹を立てた

 

 

 病という不安の扉

 


『キミは、不安の扉の入り口で立ち往生してるね

絶頂の幸せを背中に
暗闇の渦の入り口をじっと見つめて立ってる

その不安の扉が、ずっと開かない事を願って立ってる
でも・・・
同時に開けなければならない事も知ってる

そうしなければ
前には進めないと分かっているから

一番身近な人からの一言は
そのをノックする為のものだ

必然の事実を
受け止める準備をしようというサインだ

「恨めしく腹を立てている相手」は
そのことばの主ではなく
そのことばでもなく

不安な気持ちをどこにも吐き出せず
溜め込んできたキミ自身なんだ

あれはキミの為に
キミが彼の口を借りて言わせた「ことば」だ

その不安吐き出せばいいよ
誰にでもいいから聴いてもらうといい

身近な人がイヤなら
電話相談とかでも良いんだ

泣きながらでもいい
全部吐き出してしまおう

そして・・・
その不安の扉をあける準備をするんだ』

 

 

そして、もしかしたら・・・
では済まなくなる日が近づきつつあった。

 

to be continued…